元化学専攻所属・名誉教授 矢持 秀起
先の3月末に定年退職を迎えましたが、その後も研究室に残した資料・物品の後片付けを続けていました。化学に特有な試料・薬品については、由緒不明の物質を残さないための掃除は3月中に完了できましたが、紙媒体の資料整理には予想外の時間を費やしました。
紙媒体資料の整理では内容を直接に目視しながら廃棄・保存等を判断して行きますので、それぞれが作成された時々の状況がよみがえりました。喜怒哀楽、時々の状況を思い出しました。当時の知識では理解できそうにない論文を読みこなそうとしたときのメモなどは、若い頃の自らの野心を感じ楽しかった日々が思い起こされました。また、学内外の先達とのやり取りの記録も発掘され、数多くの先生方に当時の最新情報や知識を伝授していただいたことが思い出されました。最速の通信手段がファックス、別刷と呼ばれた論文の写しのみならず種々の数値データをも紙媒体に印刷し、国内外ともに郵便でやり取りしあった牧歌的な時代がありました。駆け出し者の不躾で面倒な問合わせに嫌な顔もせず多くの方々に親切に対応していただいた記録ばかりが残っており、おおらかな心を持つ研究者が集う分野で活動できたことの幸せを感じました。また、今回の片づけものは先達のみならず研究室スタッフや一緒に頑張ってくれた学生諸君、さらには事務系の方々に自らの教育研究活動を支えていただいていたことを再確認する良い機会となりました。
電子媒体での情報交換や遠隔会議が日常化し情報伝達の量・速度が飛躍的に増大した現代に牧歌的な雰囲気が残るか否かは想像し難いところです。また、curiosity-drivenな科学と教育に没頭することを躊躇させかねない国内外の社会情勢も気になる所です。そのような中でも、現役の先生方や学生諸君が何年後かに過去を振り返ったとき、援助して下さった方々のおおらかさや親切さが感じられる研究者社会が続くことを願っています。